ZIGGY CHEN” 創作の現場 其ノ二

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【 “ZIGGY CHEN” Dialogue Vol.2 】

ジギーとの会話、続きです。

たかが洋服、されど洋服。
毎日毎日、服に穴があくほど、服について考えているデザイナー。
これを読んでくださっているみなさんも、仕事や環境は違えど、きっと、なにか通づるもの、感じるものはあるのではないかと思っています。

みなさんの胸に、なにかが届きますように。
今夜もどうぞ。

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K : どういう青春時代を送ったのですか?
若い時に影響を受けたことなど知りたいです。

Z : 80年代の中国はインフォメーションがなかった時代です。本当に、全くありませんでした。
私が高校生の時に、インポートファションと出会いました。
その影響で、大学はファッション専攻に進みます。90年代はラグジュアリーブランドが中国を席巻しました。
反動だったのでしょう。
でも私は、そのようなブランドに全くもって興味が持てませんでした。
何か違う、という違和感がありました。

K : でしょうねぇ。

Z : 大学を卒業してからは、ファッション工芸デザインの大学講師をしていました。
そこでは、中国の伝統的な柄、染色を教えていました。

K : えっ?そうだったんですか!? でも納得。
初めてあなたと出会った時、ファッションデザイナーというより、実験室にいる研究者のようにみえました。フラスコやビーカーを持っているような。

Z : そういうことをしていたから、そう見えたのかもしれません。
伝統的なことを教える、その繰り返しが少し退屈に感じてきて。7年勤めた後、アパレルの民間企業へ就職しました。そこでは、マネージャーと生産管理の仕事に携わりました。
それにより現在もパートナーであるイタリアの生地工場の友人を始め、アパレル産業の友人がたくさんできました。
なにより、自分の「ものづくりの土台」ができました。

大学を出てからというもの、デザインは全然していませんでした。
しかし、様々な経験、物事を見るにあたって、自分の内面で徐々に創作意欲がふつふつと湧き上がっているのを感じていました。そして、2010年より服作りをスタートしました。
決めてからのスタートは、とても早かったですね。というのも、スムーズに始めることができたのは、いままで培った友人たちのネットワークによるものです。
友人たちには、とても感謝をしています。
もちろん、いまでもいい関係です。

K : 今回、たくさんお話が聞けて、とても嬉しく思います。
腑に落ちることが多々ありました。
最後に、デザイナーとしてのあなたにとって、大切なこととはなんですか?

Z : 日々、勉強です。(スパッと言い切る)

そして私は、自分自身のことをデザイナーと思っていません。
服作りのプロセスに、とても強い興味があるだけです。(穏やかな笑み)

 

Text : Kenichi.Nakamura (RiZM CLOSET)

PS,
現在、店頭では  “ZIGGY CHEN” 16AW COLLECTION 第一弾を展示しております。
ぜひ、足を運んでいただきたいと思います。

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